2026/11/02

横浜市

官公庁・自治体

モデル区役所から全庁へ。横浜市の現場発DXはなぜ拡大できたのか

自治体のDXは、しばしば「全庁一斉導入」という形で語られます。しかし大きな組織であるほど、一斉導入は現場の実態と乖離しやすく、定着しないまま形骸化するリスクを抱えています。

横浜市は令和4年度から4カ年計画の「横浜DX戦略」のもと、この課題に対して異なるアプローチを取りました。西区・港南区の2区を「デジタル区役所モデル区」に選定し、現場の職員が自らボトムアップで課題を掘り起こし、解決策を試すところから始めたのです。そこで現場から上がってきた取組が、「繰り返しの説明を動画に置き換える」というものでした。令和5年度のモデル区での試行から、令和6年度には18区全体へ、そして令和7年度には区役所の枠を超えて全庁へと、利用は着実に広がっていきました。

なぜ一つの現場発の取組が、組織の壁を越えて広がっていったのか。そして、拡大期に何が起きたのか。行財政局行政マネジメント課で窓口BPR・DXと動画活用を担当する鈴木健生さんに、現場で実際に起きたことを伺いました。

この記事のポイント

組織
横浜市(人口約376万人、18区、職員数4万6,000人規模)
展開
令和5年度にデジタル区役所モデル区(西区・港南区)で試行、令和6年度に全18区、令和7年度に全庁へ
定着の鍵
専門職員がいなくても使える環境と、操作ではなく「企画」を重視した職員研修
次の一手
業務所管局がテンプレートを作成し、区役所は区名・窓口番号・電話番号などをローカライズする運用へ

横浜市のDX推進とBPR、両軸を支える仕事

── まず、鈴木さんが所属されている行政マネジメント課のご紹介と、ご担当についてお聞かせください。

デジタル統括本部が今年度から行革部門と統合され行政マネジメント課として再編されました。行政運営の改革やデジタル化の推進などを総合的に企画・調整する役割を担っています。

その中でも窓口業務のBPRやDXは重要施策として位置づけており、この枠組みの中で動画活用を進めています。

「横浜DX戦略」とデジタル区役所モデル区というフィールド

── その動画活用が始まった「横浜DX戦略」について教えてください。

令和4年度からの4カ年で横浜のDXを進めていこうということで策定した戦略です。当時はデジタル庁が発足するなど、自治体でもデジタル化、DXを進めていこうという流れがあり、そうした中で策定した戦略になります。「デジタル」ではなく「DX」という言葉を使っているのは、デジタル化だけで終わってしまっては意味がなく、デジタルを使って何かを変えられるかというところが重要だと考えているからです。それは組織が変わっても変わっていません。

── その戦略の中で、西区・港南区が「デジタル区役所モデル区」に選定されました。どんな狙いだったのでしょうか。

区役所の現場の職員の皆さんに、どういったところが課題で、どうやってデジタルを使って解決できるか、仕事を良くしていけるか、市民サービスを向上できるかを、現場からのボトムアップで考えていただきました。その中で「動画」についてはよく上がってきたキーワードの一つでした。

横浜市の人口は約376万人で全国の市区町村の中で最多、行政区は18区、職員数は4万6,000人規模にのぼります。これだけの規模の組織で、いきなり18区すべてが一斉に取り組むという組織運営は現実的ではないため、DXに関する様々な実証を実施するフィールドとしてデジタル区役所モデル区を選定しました。

モデル区から浮かび上がった、現場の切実な課題

── モデル区の現場からは、どんな課題が挙がってきたのでしょうか。

西区の窓口では、市民の皆様に同じような説明を何度も繰り返している実態がありました。電話対応でも、同じ内容を毎回話さなければならない。これを改善できないか、という課題感がありました。

そこで、「口頭説明を動画に置き換える」というアイディアが上がってきました。動画を区役所内のサイネージやホームページに掲載することで、繰り返しの説明を軽減することができ、市民の皆様にとってもいつでも好きな時間に視聴することができる。双方にとってメリットを生めるのではというものでした。

一方、港南区はもともと動画の内製が進んでいる区役所でしたが、動画制作にはそれなりのスペックのPCが必要で、作るスキルも求められる。うまく作れる人がいて良い動画ができても、その人が異動してしまうと更新できなくなってしまう。そうした課題を抱えていました。

── 動画以外にも、モデル区の取組で見えてきたことはありましたか。

窓口では申請書を何度も書いていただくという課題もありましたし、令和5年度には実際に職員が市民役になって転入の手続きを一通り回ってみるという窓口体験調査も実施しました。それぞれの課の窓口ではなるべく迅速に対応しているつもりでも、転入等でいろいろな課を回って積み重ねると多くの時間がかかっていた、というような実態が見えてきました。

待ち時間の活用も課題でした。区役所ではお待たせしてしまう時間がどうしても発生しますが、いざ手続きの順番になって「これを持っていないと手続きできません」と言われてしまうとお待ちいただいた時間が無駄になってしまいます。日を改めての来庁というケースもあり、受付までにどれだけ事前に説明できるかが課題になっていました。待っている間にサイネージなどで動画を流せないか、という発想はここから出てきています。

横浜市西区の健診券の払戻し案内動画(妊婦健診・新生児聴覚検査)の画面
横浜市西区 健診券の払戻しについて(妊婦健診・新生児聴覚検査)
実証実験では説明時間が66%程度削減される効果があった。

ツールより先に、「誰が使うか」という前提があった

── そうした課題を踏まえて動画活用ツールを選定する際、何を重視されましたか。

大前提として、ローカルのPCに依存しないクラウドサービスであることは外せませんでした。その上で重視したのは、パワーポイントと同じような使い勝手で作れることです。どこの自治体も同じかと思いますが、横浜市には動画を作る専門の人はいません。普段の仕事を進めながら、市民の皆様に分かりやすく情報を届けたい、自分の仕事を何とか動画で楽にしたい、という思いで、専門ではない職員が動画を作る、というのがほとんどのケースです。パワーポイントぐらいは使えるという職員が、一歩踏み出して動画を作れるサービスかどうか。それがツールを選定する際の基準になりました。

想定を超えた拡大と、拡大期に投資すべきもの

── モデル区の試行から、どのように利用が広がっていったのでしょうか。

令和5年度に区役所からメンバーを募って、実際にどのようなことが動画でできるかを試しました。職員からもいろいろな意見が出て、実証としては良いものができたので、令和6年度には18区すべてで使ってもらえるプラットフォームとして提供しました。

もともと想定していたのは手続きの説明だったのですが、動画はいろいろなことに活用できますので、令和7年度には全庁で使えるように間口を広げました。紙の資料やパワーポイントを用意するのと同じ土俵で、動画を作ってみようという情報発信の選択肢の一つとして位置づけられたのだと思います。

── 利用者が広がっていく過程で、職員向けに「動画活用推進研修」を継続的に実施されてきました。この狙いを教えてください。

単にサービスを庁内に提供するだけでは、なかなか使ってもらえません。サービス自体はとても使いやすいものなので、使えないということはないのですが、最初の一歩を踏み出すところがハードルになる。ツール提供と合わせて研修を実施することで、その一歩を後押しする施策として捉えていました。

研修を組み立てていく中で、使い方などのテクニカルな部分よりも重要だとわかってきたのが「企画」です。誰に届けるのか、いつ届けるのか、どうやって届けるのか。この企画の部分がしっかりしていないと、どんなツールを使っても伝わりやすい動画は作れません。研修においても、企画の方が大事だという内容を伝えてきました。

所属する部門や区役所を横断した研修ですので、日頃接することのない部門とのディスカッションに学びを得たという声も多く寄せられました。このような取組を積み重ねてきたことが動画活用の組織浸透に繋がったのだと思います。今では多くの動画があらゆる現場で作成されています。

動画活用推進研修で使われたワークシート。動画で効率化できる業務を定量的に可視化する
動画活用推進研修でのワークシート
動画を活用することによりどのような業務が効率化できるかを定量的に可視化
他の課からの参加者と意見交換することで活用アイディアを練り上げていく
動画の企画構成を整理するフレームワークのタイムライン図
フレームワークを用いて動画の企画構成を整理。
必要な情報をわかりやすく伝えるためのノウハウを学ぶ。

用途の広がりと、市民からの手応え

── 制度説明や申請方法以外にも、活用の幅は広がっているのでしょうか。

内部の研修や、国勢調査の調査員向けの説明など、同じ内容を何度も繰り返し伝える場面で動画が生きています。何度も繰り返し説明するというのは、品質の担保や、内容を漏れなく伝えなければならないという点で、手続き案内も内部研修も共通しています。一定の水準を担保できることが、動画の強みだと思っています。

作った動画は市のYouTubeチャンネルで公開のうえ、区役所ホームページ等へ掲載するというのが中心ですが、区役所のサイネージや、タブレットでお渡しして見ていただくといった使い方もしています。「行政の情報発信はわかりづらい」と言われがちな中で、「わかりやすい動画だ」という声をいただいたこともあります。

標準化とローカライズ、次のガバナンスモデルへ

── 令和8年度以降、どのような取組を進めていきたいとお考えですか。

これまでは全庁に広げて、どんどん動画が作られている状態でした。ただ、たくさん動画ができることは良い面もある一方、18区それぞれで同じような動画をあちこちで作ってしまうのは非効率です。それをどうグリップしていくかが課題になっていて、業務所管局が動画のプロジェクトを立ち上げている例もあります。今後は、全庁どこに行っても同じフォーマットの動画を見せられる状態を作っていかなければならないと思っています。

具体的には、業務所管局が主導して手続きの動画などのテンプレートを作り、区役所側は区の名前や窓口番号、電話番号といった箇所だけを書き換えて使う、というイメージです。区役所ごとにキャラクターがいたり窓口の名前が違ったりしますが、そこだけ差し替えて使えれば、区ごとに毎回作り直す必要がなくなります。手続き説明のように統一して同じ内容を伝える必要があったり、制度改正等の更新が必要なものについては、業務所管局が取りまとめる方向が望ましいと考えています。

健康福祉局保険年金課が整備した制度・申請方法説明の動画シリーズの画面
健康福祉局保険年金課では局の主導で制度や申請方法説明の動画シリーズを整備。
区役所は部分的な追加や修正などローカライゼーションするだけで手軽に動画を活用することができる。

生成AIが変える、企画のハードル

── 今後、動画活用の面で新たに感じていることや取り組みたいことはありますか。

企画の部分、つまり最初の設計図を描くところが重要だという話をしてきましたが、最近は生成AIも使えるようになってきて、その最初の部分をだいぶ手助けしてくれるようになったと感じています。職員が「こういうことを伝えたい」という思いさえあれば、それを企画に落とし込むところをAIが手伝ってくれて、企画ができあがれば、あとは動画テンプレートを使って作業する。この一気通貫の流れにより、動画活用のハードルは随分と下がったのではないかと思います。

動画を使った業務改善というと、これまで行政としてはあまりピンと来ていない部分もあったと思います。ただ、今後は動画が紙と同じレイヤーで位置づけられて、気軽に情報発信のツールとして使える下地が整ってきたところだと感じています。あまりハードルを感じることなく、動画を全庁で活用できたらいいと思っています。

西区・港南区という二つの現場から始まった取組は、3年をかけて全庁的な情報発信インフラへと育ちました。その過程で一貫していたのは、ツールの機能を起点にするのではなく、「現場の課題は何か」「専門家がいなくても回る仕組みか」「拡大期に何に投資すべきか」を、その都度問い直してきた姿勢です。

次に横浜市が見据えるのは、質の向上と効率化の同時実現――各区がゼロから作る非効率を解消し、標準化と現場のローカライズを両立させるガバナンスの設計です。ボトムアップで始まった取組が、仕組み化へと接続されていく局面に、横浜市のDXは差しかかっています。

概要

自治体 横浜市
業種 官公庁・自治体
規模 人口約376万人/行政区18区/職員数4万6,000人規模
活用範囲 全庁(18区役所を含む)
活用サービス AIビジネス動画編集クラウド Video BRAIN
取り組みの経緯 デジタル区役所モデル区(西区・港南区)での現場発の取り組みが起点
展開の流れ 令和5年度 モデル区での試行 → 令和6年度 全18区 → 令和7年度 全庁
主な用途 制度・申請手続きの説明、窓口サイネージ、職員研修、YouTubeでの市民向け公開
主な成果 モデル区の実証実験で説明時間が66%程度削減/動画活用推進研修の継続/全庁展開
お話を伺った方 横浜市 行財政局 行政マネジメント課 鈴木 健生 様

課題

  • 全社(全庁)展開
  • 内製化・誰でも作れる
  • 属人化の解消
  • 標準化・テンプレート化
  • 社内浸透・研修

用途

  • 制度・手続き説明
  • 市民向けPR
  • 社内研修・職員教育
  • 窓口サイネージ

業種・テーマ

  • 官公庁・自治体
  • DX推進

インタビューダイジェスト

横浜市はなぜ、動画活用を全庁に広げることができたのですか?

西区・港南区のデジタル区役所モデル区で、「窓口や電話で同じ説明を繰り返している」という現場の課題から出発したためです。パワーポイントと同じような使い勝手で、専門職員がいなくても作れるクラウドサービスを選び、令和5年度の試行、令和6年度の全18区、令和7年度の全庁へと段階的に広げました。拡大期には操作方法より「企画」を重視した職員向け研修を継続して実施しました。

「デジタル区役所モデル区」とは何ですか?

西区と港南区を、DXに関する様々な実証を実施するフィールドとして選定したものです。現場の職員が、課題や解決方法を現場からのボトムアップで考えました。

動画活用ツールの選定で重視した点は何ですか?

ローカルのPCに依存しないクラウドサービスであることと、パワーポイントと同じような使い勝手で作れることです。動画制作の専門職員がいない前提で、パワーポイントを使える職員が一歩踏み出して動画を作れるかどうかを基準にしました。

令和8年度以降は、どのような取り組みを進める予定ですか?

質の向上と効率化の同時実現を目指しています。業務所管局が手続き動画などのテンプレートを作成し、区役所側は区の名前や窓口番号、電話番号といった箇所だけを書き換えて使う運用を想定しています。

動画活用でどのような効果がありましたか?

モデル区の実証実験では、説明時間が66%程度削減される効果がありました。また、窓口や電話での繰り返し説明の軽減に加え、市民がいつでも好きな時間に視聴できるメリットも挙げられています。

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